静岡の弁理士・弁護士 坂野史子のブログ

静岡市で活動している理系の弁理士 弁護士です。静岡のぞみ法律特許事務所 http://www.s-nozomilawpat.jp

知財訴訟の損害賠償額(限界利益の考え方)

知財訴訟の損害賠償額(限界利益の考え方)】
ツイッターの特許判例百選読み合わせ勉強会で、特許法102条の損害賠償の限界利益がテーマだったのですが、簡単にまとめると現時点では以下のようになると思います。
特許法102条1項・2項の「利益」について裁判所が取っているのは限界利益
限界利益=売上げー(変動費+個別固定費)
変動費+個別固定費とは、ざっくりいうと侵害品を製造するのに必要なものかどうかが、切り分けられる経費のこと。
製造原価、運送費あたりは通常入るが、倉庫費用等の賃料、広告宣伝費、人件費等は争いになる。なぜなら、倉庫費用等の賃料、宣伝広告費、人件費は他の製品のためにかかっている費用との合算になっていることが多いので切り分けられないことが多いから。
ただし、人件費でも、たとえばその製品だけのために雇っている人であったり、倉庫などの賃料でもその製品のためだけに使っているということが立証できれば個別固定費として控除の対象になり得る。
知財の場合、権利範囲が製品の一部であったりすること等により事実上の推定の覆滅によって減額がされますが、ベースになる利益の額は、通常の売上げー経費とは異なる考え方をしますし、高額になるので、注意が必要です。

美顔器の特許侵害事件において、知財高裁が4億円以上の損害賠償請求を認めた事件ー令和2年2月28日判決言渡 平成31年(ネ)第10003号 特許権侵害差止等請求控訴事件

知財高裁が寄与分という概念を否定した表題の事件。

 

損害論において、寄与分ではなく、推定覆滅という概念で損害額が減額されるかを判断する旨を判示したものです。

そこで、推定覆滅事由とは何かが問題となるところ、判決では以下のように判示されています。

1)まず、特許発明の特徴部分が製品の一部分にすぎないとしても限界利益の全額が特許権者の逸失利益となることが事実上推定される(事実上の推定)。なお、特許発明の特徴的部分が製品の販売利益に相応に貢献している必要がある。

2)そうだとしても、他に顧客吸引力を発生する部分がある場合には、特許発明の特徴部分が製品の利益の全てに貢献しているとはいえないから、上記1)の事実上の推定が一部覆滅される(推定覆滅)。

3)上記推定覆滅においては、①本件特徴部分の原告製品における位置付け,②原告製品が 本件特徴部分以外に備えている特徴やその顧客誘引力

が考慮される。

 

あくまで技術的特徴の位置づけ及びその他の部分の顧客吸引力に基づいて判断している点が注目されます。

 

なお限界利益の判断にあたり、宣伝広告費も控除されています。

 

以下判決原文から抜粋。

「ところで,本件のように,特許発明を実施した特許権者の製品において,特許発 明の特徴部分がその一部分にすぎない場合であっても,特許権者の製品の販売によ って得られる限界利益の全額が特許権者の逸失利益となることが事実上推定される というべきである。

そして,原告製品にとっては,ローリング部の良好な回転を実現することも重要 であり,そのために必要な部材である本件特徴部分すなわち軸受け部材と回転体の 内周面の形状も,原告製品の販売による利益に相応に貢献しているものといえる。

しかし,上記のとおり,原告製品は,一対のローリング部を皮膚に押し付けて回 転させることにより,皮膚を摘み上げて美容的作用を付与するという美容器である から,原告製品のうち大きな顧客誘引力を有する部分は,ローリング部の構成であ るものと認められ,また,前記アのとおり,原告製品は,ソーラーパネルを備え, 微弱電流を発生させており,これにより,顧客誘引力を高めているものと認められ る。これらの事情からすると,本件特徴部分が原告製品の販売による利益の全てに 貢献しているとはいえないから,原告製品の販売によって得られる限界利益の全額 を原告の逸失利益と認めるのは相当でなく,したがって,原告製品においては,上 記の事実上の推定が一部覆滅されるというべきである。

そして,上記で判示した本件特徴部分の原告製品における位置付け,原告製品が 本件特徴部分以外に備えている特徴やその顧客誘引力など本件に現れた事情を総合 考慮すると,同覆滅がされる程度は,全体の約6割であると認めるのが相当である。」

 

 

 

 

 

【登録された権利でも無効理由があることがある】

【登録された権利でも無効理由があることがある】
特許権意匠権・商標権について、無効審判という制度があります。また、侵害訴訟で相手方から権利が無効だから権利行使ができないと主張されることがあります(権利無効の抗弁)。

特許庁で審査をされて登録されているのに、そんなことおかしいじゃないか!!と言われることがありますが、そもそも特許庁が国内国外の全ての文献や技術、デザインを調べることはできないので、完全な調査の上で審査がなされて権利が成立しているわけではないのです。

したがって、特許庁で発見されなかった無効理由があった(新規性や進歩性(創作容易性)等がなかった)ということが判明することはあるわけです。

「それでは権利を登録する意味はない。無効理由があるかもしれない権利なんていらない。」とおっしゃる方がいますが、そんなことはありません。

まず、無効審判が確定されるまで無効になりません。

何より、特許権意匠権・商標権が成立していれば、わざわざ侵害行為を行おうとする同業他社は相当減少するはずですし、商談をする際に、特許権等が登録されていることをもって顧客にアピールすることもできます。

要は権利の性質を理解した上で使いこなすということかと思います。
権利行使の際に無効審判や無効理由の抗弁によって相手方から抵抗され、場合によっては無効になるリスクもあるということを見据えながら使い方を考えていくということだと思います。

平成30年(ワ)第27253号 著作権侵害差止等請求事件・・第三者にイラストの作成等を委託した場合にも,その作成経過を確認する等する注意義務が必要とされた事例

本件において,

・原告は,イラストレータ

・被告らは,いずれも加工食品の製造及び販売等を業とする株式会社であり, 代表取締役等の役員が共通する関連会社

・補助参加人は,カラーパッケージ等の企画,デザイン,製造,販売等を業と する株式会社です。

 

被告が依頼した補助参加人によって作成されたイラストが原告の著作権を侵害されたと認められたのですが,注意をすべきは以下のように業者に委託をしたとしても,その作成過程を確認して,著作権侵害が生じていないかを確認すべき義務が,委託する側に求められるとされ,過失が認められた点です。

 

したがって,イラスト等著作物の創作を依頼する場合には,契約書を支わし,受託者に自己の著作物であることを保証させるとともに,仮に第三者との間で著作権侵害等の問題が生じた場合には,受託者が自己の負担と費用で問題を解決するという条項を入れておくことが重要だと思います。

 

また,イラストを依頼する側としては,著作権を譲渡してもらうのか,使用許諾にとどめるのかというような判断をした上で契約を締結しておくことが重要です。

 

判決において,イラストレーターのイラストの著作権が侵害された場合の損害賠償額が少ないことを考えると,費用対効果の点から,イラストレーター等クリエーターは,インターネット等で自分の作品を公開する際に,自己に著作権が帰属し,無断で複製等すると著作権侵害が生じる旨を繰り返し警告しておくことが重要だと思います。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2 争点2(被告らに著作権(複製権,譲渡権)侵害及び著作者人格権(氏名表 示権,同一性保持権)侵害について故意,過失が認められるか)について
ア 前記第2の2(1)イのとおり,被告らは,いずれも加工食品の製造及び販売等 を業とする株式会社であり,業として,被告商品を販売していたのであるから,そ の製造を第三者に委託していたとしても,補助参加人等に対して被告イラストの作 成経過を確認するなどして他人のイラストに依拠していないかを確認すべき注意
務を負っていたと認めるのが相当である。 また,前記認定のとおり,本件イラストと被告イラストの同一性の程度が非常に高いものであったことからしても,被告らが上記のような確認をしていれば,著作 権及び著作者人格権の侵害を回避することは十分に可能であったと考えられる。に もかかわらず,被告らは,上記のような確認を怠ったものであるから,上記の注意 義務違反が認められる。

イ したがって,被告らに著作権(複製権,譲渡権)侵害及び著作者人格権(氏 名表示権,同一性保持権)侵害について過失が認められる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・最高裁判所HPより

商標法29条・・会社のロゴ等の著作権を有していれば,商標権者に対抗できる

明けましておめでとうございます。
本年もよろしく御願いいたします。
 
さて,商標法に以下の規定があります。
 
(他人の特許権等との関係)
第二十九条 商標権者、専用使用権者又は通常使用権者は、指定商品又は指定役務についての登録商標の使用がその使用の態様によりその商標登録出願の日前の出願に係る他人の特許権実用新案権若しくは意匠権又はその商標登録出願の日前に生じた他人の著作権若しくは著作隣接権と抵触するときは、指定商品又は指定役務のうち抵触する部分についてその態様により登録商標の使用をすることができない。
 
出願日よりも前に生じた他人の著作権等と抵触するときは,その抵触する部分について登録商標を使用することができません。
 
また,商標法29条の趣旨から,当該著作権を有する他人は,その標章の使用を商標権者に対抗できると解されています。
 
したがって,例えば会社のロゴ等をデザインしてもらった場合に,著作権を譲渡してもらっていたとします。その後,同じロゴ等が商標登録されたとしても,著作権者は対抗出来,ロゴ等を使用し続けることができるのです。
 
会社名や会社のロゴ等は商標登録をしておくことが重要ではありますが,仮にしていなかったとしても,このような対抗手段があります。
 
なお,会社のロゴ等をデザイナーにデザインしてもらった場合,何の規定もなければ著作権は創作者であるデザイナーに帰属したままになってしまいますので,著作権(27条・28条を含む)を譲渡してもらい,著作者人格権を行使しないという約束をしてもらうことは重要です。ソフトウエア開発の委託等においても必要です。
 
 
 
 
 
 
 
 

株式会社日本入試センター 対 株式会社受験ドクター 事件

控訴人(原告)が被控訴人(被告)に対し,

1 被控訴人(被告)がHPにおいて「SAPIX今週の戦略ポイント Daily Support」等(本件各表示)と表示する行為が,控訴人(原告)の商品等表示である「SAPIX」を使用するものであり,不正競争防止法2条1項1号に規定の不正競争行為であるとして,差止・損害賠償を求めるとともに,

2 予備的に,原告の作成したテスト問題を被告が 不正に使用する行為は一般不法行為を構成するとして,民法709条に基づき, 損害賠償を求めた事件です。

控訴審

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/175/088175_hanrei.pdf

一審

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/757/087757_hanrei.pdf

 

被控訴人(被告)は,大手学習塾である控訴人(原告)学習塾での成績を向上させるために控訴人(原告)の作成したテスト問題の解説を行うという営業を行っていました。

上記2については,テスト問題の流用についてはテスト問題の著作権法違反については主張がなされておらず,一般不法行為に基づく主張のみがなされています。

 

不正競争防止法については,本件各表示は,いずれも,その表示が商品等の出所を表示 し,自他商品等を識別する機能を果たす態様で用いられているということ はできないので,不競法2条1項1号の「使用」には該当しないとされいました。

 

テスト問題を使用する行為については,

「被控訴人において,控訴人が多 額の費用と労力をかけて作成した著作物であり,いわば企業秘密として非常 に大きな価値を持つテスト問題について,控訴人に無断でその解説本を出版 し,あるいは,ライブ解説を提供する行為は,控訴人の作成したテスト問題 等を不正に使用することにより,控訴人の営業の自由を妨害することを目的 とするもので,自由競争の範囲を逸脱した不公正な行為であるから,一般不 法行為を構成すると主張する。」

とされているので,著作権侵害を主張する余地もあったのではないかと思うのですが,なぜか一般不法行為のみが主張されていたため,

「被控訴人の行為が一般不法行為を構成するのは,被控訴人の行 為により,著作権法や不競法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護 された利益が侵害されるといえる特段の事情がある場合に限られるというべ きであるところ」とした上で,

「被控訴人による解説本の出版やライブ解説の提 供が,著作権法や不競法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護され た利益を侵害すると直ちにいうことはできないし,控訴人の主張も,そのような利益が存在することを十分に論証しているとはいい難い。 さらに,控訴人のテスト問題を入手して解説本の出版やライブ解説の提 供を行うについての被控訴人の行為が,控訴人の営業を妨害する態様であっ たこと,又は控訴人に対する害意をもって行われたことをうかがわせる証拠 はなく,被控訴人の行為が社会通念上自由競争の範囲を逸脱する不公正な行 為であったとも認められない。」

として控訴人の請求を排斥しています。

 

おそらく,控訴人が作成したテスト問題は,一般的な教科書や参考書を組み合わせた程度のものであり,選択の幅がなく,誰が作っても同じようになるものであったか,ありふれた表現であったものであったと推測され,そのために一般不法行為に基づく主張がなされたものと推測します。

 

したがって,テスト問題がオリジナルで表現に個性が表れていれば,著作物性が認められる余地もあり得ないことではないのではかと思いますが,実際問題,テスト問題は上述のように一般的な教科書や参考書を組み合わせた程度のものであることが多く,また,アイディア自体が新しくても,個性のある表現になることはまれであると思いますので,著作権法違反を争うのは難しいように思われます。

 

学習塾における競争は少子化も相まって今後も過熱していくことと思いますが,オリジナルのテスト問題やその解説をする行為を独占することを法律的に保護する方法を構成することが極めて難しいとすると,学習塾においては,講義や進路指導等の他のサポートで魅力を出し,競争力を高めていくことが重要になってくるものと思われます。

 

なお,本件では,SAPIXは商標登録されていなかったために不正競争防止法違反で争うことになっています。識別性のない使用方法であるとの認定ですので,仮に商標が登録されていても商標的使用ではないとして,同様の結論になったものと思われます。

しかしながら,商標はブランドを育てていく重要な要素ですし,識別力のある使用方法であったとしても,不正競争防止法で争う場合には周知性の立証等要件が増えますので,商標登録を行っておくことが重要であることは改めて強調しておきたいと思います。

 

会社にとって秘密にしておかなければならない情報とは何かの棚卸しの重要性

不正競争防止法では,営業秘密とは,1秘密管理性(アクセス制限等)2非公知性 3有用性が満たされるものをいうと定義されています(不正競争防止法2条6項)。

 

会社にとって他に漏れたら営業上大きな損失を被ることになるであろう情報は,例えばメーカーであれば市場における優位性を保つための技術情報であったりするでしょうし,その他商社等であれば顧客情報リスト等であるかもしれません。

 

これらの情報が退職者や取引先に漏れ,流用等されると,会社は大きな損失を被ります。

しかしながら,中小企業等では,そもそも何が会社にとって秘密にしておくべき情報なのかという棚卸しさえできていないということが殆どです。

 

主要製品の市場における競争力を基礎付ける根幹に関わる技術であるにもかかわらず,会社の誰でもがアクセスすることができる状態になっていたり,場合によっては秘密保持義務を課さずに会社外の人に見せてしまっているというような状況もみられます。

 

また,従業員についても,秘密にすべき旨の約束をさせておらず,転職の際に持ち出されたとしても気がつきもしないであろうことが往々にしてあるように見受けられます。

 

不正競争防止法において,営業秘密として保護されるためには,まず会社で何が秘密にすべき情報であるのかをきちんと棚卸しし,これを1秘密に管理し,2非公知性を維持するように管理しなければなりません。

 

是非,1度,会社の利益を生み出している情報は何か,という観点から,秘密とすべき情報の棚卸しとその管理方法の見直しをすることをおすすめします。